神秘の巨木「平のサイカチ」
落雷を乗り越えて成長
青森県階上町の中心部から車で10分ほどの農村部の一角に、推定樹齢約800年の巨木「平(たいら)のサイカチ」はある。「平」はその場所の住所を指す。地元の旧家「平野家」の敷地内にあるマメ科の落葉樹で、その家族が代々見守ってきた。
8月上旬、平野家の庭に到着すると、たくましい枝ぶりのサイカチが堂々とした姿で立っていた。少し丸みを帯びた小さな緑色の葉が生い茂り、木陰をつくっている。主人の平野建悟さん(71)と妻の悦子さん(71)が出迎えてくれた。
樹木の高さは15メートルほどで、幹回りは6メートルほど。まず目を引いたのは、中心の太い幹が途中で無残にも朽ちていることだった。平野家で生まれ育った悦子さんによると、80年ほど前の落雷が原因だという。
しかし、全体に目を向けると、主幹の根元から左右に伸びた立派な幹が、樹木のバランスを支えている。落雷で大きな痛手を負ったサイカチだったが、長い年月をかけ、自らの力で再び大木へと成長を遂げたのだ。
主幹の中央は空洞になり、腐敗が進みつつある。このため、定期的に樹木医による治療が行われている。現在は空洞に腐葉土を入れ、幕で覆って保護し、新たな根や枝の成長を促しているという。
治療部分からは、まだ細いながらも真っすぐに伸びる若い枝が数本あった。建悟さんは「この中のどれかが大きく育ってくれれば」と期待する。落雷で主幹が倒れるというアクシデントを乗り越えて、新たな若い枝を育む生命の力強さを感じた。
みるみるうちに泡立つ「さや」
サイカチは、秋になると枝に多数の細長い実をつける。色は緑からだんだん茶褐色に変化し、しばらくするとぽとりと落下する。
生い茂る葉の間に実を探してみたが、まだ小さいからか、なかなか発見できなかった。すると、建悟さんが「去年とおととしに採れたものだよ」と、乾燥した茶褐色の実の「さや」をいくつか持ってきてくれた。
そして、おもむろにバケツにさやを数個入れて水を注ぎ、勢い良くかき混ぜ始めた。みるみるうちに泡立ち、さやが見えなくなるほどに泡が広がった。以前、話は聞いていたが、実際に目にしたのは初めて。まるで洗剤を入れたような泡立ち具合に驚いた。
平野さん夫妻や階上町教育委員会の文献によると、サイカチのさやは、水に溶けると泡立つ「サポニン」という成分を多く含む。昔の人は、汚れを落とすせっけんの役割を果たすことに注目し、洗い物や洗髪などに用いていたという。せっけんや洗剤が一般に普及してからは徐々に下火になっていったというが、ぶくぶくと泡立ったさやを見ているうちに、「これなら汚れも落ちそうだ」と妙に納得した。
大樹の下でライブ
8月下旬、サイカチの下で音楽ライブが開かれると聞き、再び平野家を訪ねた。東京都在住のシンガー・ソングライターで、国内をツアー中の森圭一郎さんの弾き語りライブだった。巨木の真下で歌声を響かせる演出が好評で、3年連続で開かれているという。
この日は当初、雨の降るあいにくの天候だったが、徐々に晴れ間が広がった。森さんのギターの心地よい音色と、透き通るような歌声が会場を包む。サイカチのまとう神秘的な雰囲気も一緒に感じながら、思わず聞き入っていた。
平野夫妻は、40年ほどかけてサイカチの周囲の庭造りを進めてきた。マツやモミジ、ツツジなどが効果的に配置され、四季折々の美しさを味わえる空間が魅力的だ。こういった音楽ライブにも活用されるほか、サイカチを見学に訪れた人にとっての癒やしの場にもなっている。
庭のベンチに座ってサイカチの巨木を眺めていると、日常を忘れるようなゆったりとした時の流れが感じられる。時折訪れて、巨木が発する力強い生命のエネルギーと、悠久の大自然の魅力を感じたいものだ。
平のサイカチの住所は階上町角柄折平3番地。見学可能。町内の巨木を、バスやウオーキングで巡るツアーは「階上売り込み隊」(事務局・階上町産業振興課商工観光グループ)が年に2回開催。個人・団体申し込みは随時受け付けている。問い合わせは電話0178(88)2875。
(※本文中の年齢は取材時点)
[デーリー東北新聞社報道部 田中周菜]
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