移住者のライフスタイル佐藤 岳広さん、美穂子さん (五戸町 平成28年 孫ターン)

佐藤 岳広・美穂子(さとう・たけひろ、みほこ)
1981年生まれ(岳広さん)/ 82年生まれ(美穂子さん)。都内のIT企業でエンジニアをしていた岳広さんと広告営業から介護職員に転身した美穂子さんは2012年に結婚。16年、岳広さんの祖父母が農業を営んできた五戸町に長男・次男を連れて移住。17年から2年間の農業研修を経て19年に独立。同年、長女が誕生。

農業より〝農のある暮らし〞孫ターンで民泊・カフェ開業

 「農作物をただ商品として流通するんじゃなく、育てる過程や暮らしもできるだけ丸ごと見てもらって、何かを感じてもらえたら嬉しい」と佐藤岳広さんは話します。
 農家民宿兼カフェ「音水(おとみず)小屋」。農作業や料理など、農家の暮らしを体験できる宿です。五戸町に〝孫ターン〞した岳広さんと美穂子さん夫妻が2020年にオープンしました。
 1階がカフェ、2階に客室が2つ。岳広さんの祖父母の廐(うまや)をリフォームした空間では昔のままの黒い梁が、天然木造りの空間を引き締めています。訪れるのは、研修先を探しに来た就農希望者や近隣町村の地域おこし協力隊員、田舎の夏休みを体験しに訪れる都会の子どもたちなど。平日の放課後は1階が美穂子さんの書道教室に早変わりし、もはや来訪者がいない方が珍しいというにぎやかな暮らしです。
 移住から7年余り。当初から思い描いてきたのは「〝農業〞ではなく〝農のある暮らし〞」。年間20種以上の野菜と米を栽培しますが市場に出荷せず、自家用のほか民宿・カフェ、役場やイベントで販売するお弁当に使います。無農薬・不耕起、農業機械さえほぼ使わない農業を訪れる人に見せて農作業への心理的ハードルを下げ、気軽に田畑に関わる人を増やしたいと願っています。

畑付きキャンプ場に養蜂忙しくも楽しい夢の途中

 佐藤家は長男・次男と移住後、長女が加わり3人兄妹。仕事、子育て、さらに岳広さんは地域の役員を掛け持ち、美穂子さんは仲間と町内の古民家活用に乗り出しました。農閑期の冬も美穂子さんは民宿、岳広さんは廃材を集め家具作り。田舎暮らしののんびりしたイメージとは裏腹の忙しさですが、夫妻は生き生きとして見えます。その秘訣を尋ねると「お客さんが僕らをやる気にさせてしまう」と岳広さんは笑います。
 「知人に『畑が広くて使いきれない』と言ったら『野菜を収穫できるキャンプ場にしたら?』と言うから、整地しよう、小屋を直したい…と色々思い浮かんで」と岳広さんが言えば、「鶏も飼いたいし養蜂もやりたいし」と美穂子さんも瞳を輝かせます。
 あらためて五戸暮らしの感想を尋ねると「居心地がいいから住み続けられて、その居心地を作っているのは人。一緒に飲める農業仲間や相談に乗ってくれる役場の人とかね」(岳広さん)  「守りたい、残したいもの、一緒に活動したい仲間がいっぱいだから楽しい」(美穂子さん)  有機農家が旅行者を受け入れ、金銭の代わりに農業や生活の手伝いをしてもらう仕組み『WWOOF(ウーフ)』への登録を検討中。音水小屋を世界中の旅人の交流拠点にすることも、人とのつながりを大切にする2人の夢です。

移住者のライフスタイル

 移住先は「ほどよい田舎」が人気です。
 生活するうえで必要な都市機能を備えながらも身近に美しい自然が広がり、人と人の支え合いが根付く暮らし。そんな便利さと暮らしやすさを兼ね備えた生活空間がここにはあります。
 物質的な豊かさは都会ほどではないかもしれません。
 でも、心にゆとりを与えてくれる人との絆がここにはあります。人との絆を、個人の制約ではなく個人の楽しみに変えることができる人に、この地で半都半邑の楽しさを味わってほしいのです。