移住者のライフスタイル松井 厚子さん(南部町 平成26年 Uターン)


松井厚子(まつい・あつこ)
昭和36年生まれ。南部町出身。農業高校卒業後、20歳で上京。33歳で関節リウマチを発症し、障害者認定を受ける。平成26年Uターン。自宅で手作りパン、パステル画の教室、メディカルアロマ勉強会を開講。日本パステルアート協会認定「パステル和(NAGOMI)アート」準インストラクター。

病と付き合いながらパンとアートの教室を開講

 「何でもやってみる。やってみてだめだったらやめればいいんだから」が松井厚子さんのモットー。話しながら泡立てた卵白と強力粉を手際よくかき混ぜ、バターを塗った無水鍋に生地を流し入れます。卓上IH調理器のスイッチを入れて約30分。ゆっくりと蓋を持ち上げると、ケーキの甘い香りが立ちのぼりました。
 「この瞬間だけは誰でも笑顔になるのよね」。はつらつとした表情は、辛い病を感じさせません。
 松井さんは平成26年、ふるさと南部町へUターン。近くに住む姉の手助けを借りながら、農業を営む母と2人暮らしをしています。関節リウマチのため、細かい作業や重いものを持つことはできませんが、27年から自宅でパン・ケーキ作りと、準インストラクター資格を持つパステルアートの教室「空へ」を開いています。
 パン作りは包丁を使わず、パステル画は画材を削ってからコットンなどを使って塗りこむ技法。「手に力が入らなくてもできることを」と自らの癒しのために始めましたが、力の弱い子どもや高齢者でも挑戦しやすいのが魅力となっています。
 アロマオイルの勉強会も始めました。30年以上離れていた故郷でしたが、教室を通じて新しい友人ができ、時にはイベントにも出かけます。

おいしい空気と水で体調が改善「まずは来てみて!」

 地元の農業高校を卒業後、20歳で上京した松井さん。製造業をはじめ様々な仕事を経験しました。突然の病が襲ったのは33歳の時です。関節の腫れと激しい痛み。マグカップも持てないほどでしたが、周囲に気を遣わせまいと必死に隠しました。しかし症状が進行。体調が悪いと歩くこともできず、ヘルパーの助けを借りての暮らしが始まります。
 家族にも病気を隠していたため、帰省も数年に1度。しかしある時、3カ月ほど実家に滞在したところ、体調が良くなっていることに気付きます。心の底に眠っていた帰りたい気持ちに火がつき、3年後、ついに帰郷を決めました。
 移住後、波はありながら体調は良好に。以前は調子が悪いと月に3日程度しか動けませんでしたが、今は動けない日が月に3日程度だとか。
 「母の手料理を食べた時、肩の力が抜けました。うちの畑でとれた無農薬野菜に魚、肉、それに空気。全部が新鮮でおいしい。梅雨の影響が少なくて夏涼しいので、具合の悪い人でも大丈夫。気になる人は、まず一度来てみて」と呼びかけます。
 「関東の友人にも『いいとこだよ!』って宣伝してます。勝手に宣伝隊長(笑)」。
 頻繁に外出はできないものの、インターネットを通じてネットワークを広げている松井さん。
 「山も光もきれい。写真をブログに載せると、みんな羨ましがりますよ」。
 その端正な形から“南部小富士”と呼ばれ、町章のモチーフともなっている名久井岳。稜線に沈む夕日に、松井さんの顔がほころびました。

移住者のライフスタイル

 移住先は「ほどよい田舎」が人気です。
 生活するうえで必要な都市機能を備えながらも身近に美しい自然が広がり、人と人の支え合いが根付く暮らし。そんな便利さと暮らしやすさを兼ね備えた生活空間がここにはあります。
 物質的な豊かさは都会ほどではないかもしれません。
 でも、心にゆとりを与えてくれる人との絆がここにはあります。人との絆を、個人の制約ではなく個人の楽しみに変えることができる人に、この地で半都半邑の楽しさを味わってほしいのです。