「もったいない」から生まれた美・南部裂織
織ることで広がる色彩の世界
江戸時代、厳しい気候風土の中で生きていくために、青森県南部地方の農村の女性たちの手で生まれた工芸品が「南部裂織」だ。衣料が貴重だった当時、使い古して柔らかくなった着物を捨てずにテープ状に裂いて横糸にし、手織り機「地機(じばた)」を使って、丈夫で暖かいこたつ掛けや帯などに仕上げていた。
「もったいない」から生まれた南部裂織の技術と精神は、母から娘へと受け継がれ続け、数百年の時を越えた今、伝統工芸品としてはもちろん、ファッションアイテムとしての一面も持ち合わせながら親しまれている。
八戸市内で、南部裂織の担い手の一人として長年活躍しているのが、八戸ポータルミュージアム「はっち」内で「八戸南部裂織・工房『澄』(ちょう)」を構える、青森県伝統工芸士の井上澄子さんだ。「どんな色の生地ができ上がるのか、実際に織ってみるまで分からない。自分が想像もしなかった色合いが姿を現すたびに感動する」。南部裂織に心を奪われた理由をこう語る。
多彩な作品へとよみがえる古布
同工房にある地機は、古くから地元に伝わる物を少しずつ修理しながら大切に使っている。あらかじめ縦糸の毛糸をセットしておき、裂いた古布を選んで横糸にして、手足を使ってぱたぱたと織っていくと、元々の糸や古布の色からは想像もできないような色彩が見えてくる。
「裂織に使う古布を買ったことないですね」と井上さんは笑う。近所の人や友人、工房を訪れた人から、使い込まれ、思い出が詰まった布がどんどん集まるそうだ。それを裂織仲間たちと分け合い、バッグやアクセサリーなど、多彩な作品へと生まれ変わらせて、次の人の元へと旅立っていく。
工房には地機が2台あり、コースター作りなどの体験も可能だ。2014年には、サッカー元日本代表の中田英寿さんも、井上さんの指導の下で南部裂織を体験したことがある。
装いのアクセントにも
若い頃、デザイナーを志して洋裁を学んでいた井上さんが身に着けている洋服や帽子は、南部裂織で生地を作って縫い上げた、世界でたったひとつの物。優しい色合いが目を引く。
工房には、さまざまなサイズのバッグやポーチ、スマートフォンの持ち運びに便利なポシェットのほか、帽子、ブローチ、ピアスなど、日々の装いのアクセントになるような小物もずらり。大小さまざまな商品の中から、お気に入りを探すのもきっと楽しいだろう。大切な人への贈り物にもぴったりだ。
伝統技術を次の世代へ
約半世紀前に南部裂織と出合い、「南部裂織保存会」(十和田市)の会長・故菅野暎子さんから手ほどきを受けた井上さんは、技術を後進に伝えるための活動にも意欲的だ。同保存会に5年ほど通って師範免許を取得した後、八戸市の江陽公民館の南部裂織教室の講師を長年務め、多くの女性を担い手として育てた。彼女たちは現在、独立して工房を構えたり、同教室の講師を務めたりしている。また、井上さんは同市立江陽小学校の「さきおりクラブ」の発足にも携わり、南部裂織の魅力を地域の子どもたちにも伝えてきた。布を裂くことから教え、地機に座らせると、子どもたちは張り切って織り始めるそうだ。
井上さんは「創作意欲がどんどん湧いてくる。歳を取ったなんて言っていられない」と、南部裂織の未来に前向きだ。時代は変わっても、古くから南部裂織に込められた「物を大切にする心」は変わらない。SDGsが身近になった今だからこそ、最後まで布に命を与える手仕事に注目したい。
※南部裂織製品は、「澄」のほか、八戸駅隣接のユートリーなど、市内のさまざまな店舗や工房のほか、8baseでも取り扱いがある。また、「澄」とユートリーでは地機体験も可能だ。
(デーリー東北新聞社業務推進部 ライター 田名部瑠衣)